賃貸物件に関わる貸主と借主のトラブル。特に修繕、原状回復についての責任は、その都度責任の押し付け合いでなかなか円満解決とはいきません。このようなトラブルの発端は、双方の賃貸契約時の認識不足が理由のひとつと言えます。あらかじめ、不測の事態に備えてお互いが取り決めをしておけば、事前に防げるトラブルも少なくありません。今回は貸主(大家)の視点から、物件の修繕などについてみていきたいと思います。
賃貸借契約を結ぶ際は契約内容を明確に!
不動産の賃貸借契約を結ぶ際には、契約内容を明確にし、契約後のトラブルを防止するために「賃貸借契約書(賃貸借契約証書)」が作成されます。貸主(大家)、借主(入居者)、連帯保証人が記名押印し、それぞれが1通ずつ保持することとなります。(不動産管理会社、仲介業者がコピーを保管することもあります)
この時点で、どのような事態が起こっても対処できる完璧な賃貸借契約書が作成されれば、おそらくトラブルは発生しないでしょう。しかし、どんなに綿密な賃貸借契約書を作成したとしても、漏れが生じてしまうのが現実です。契約書の内容だけでは判断できないグレーゾーンがあるからこそ、責任の所在があいまいになるのです。
賃貸借契約書のチェック事項
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契約期間と更新の定め
契約が普通借家か定期借家かを確認した上で、契約期間を確認します。その上で、契約の更新手続きや更新料の有無を確認しましょう。更新料が必要な場合は、金額、支払い条件なども見ておきます。
※普通借家…普通借家契約では正統な事由が無い限り家主側から契約更新の拒否は出来ませんでしたが、定期借家契約ではあらかじめ期限を決めておくことにより、契約満了時の退去を前提にすることができます。
※定期借家…定期借家特有のポイントとしては、契約期間に定めがあることを明示した書面による説明、書面による契約が求められること、1年未満の契約期間の定めも有効なことなどだ。 また、定期借家契約の期限が来たら必ず出ていかなければならないかというと、貸主と借主がともに合意すれば「再契約」という方法で住み続けることができる。
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賃料や管理費(共益費)の額、支払い、滞納時のルール
まずは賃料や管理費(共益費)の額と支払い方法、支払い期日を確認します。多くの場合は、振り込みや自動引き落としで、翌月分を前月末日までに支払うことになっています。また、滞納時に延滞金が必要な場合には、延滞利率についても確認しましょう。
賃料の改定についての取り決めがある場合には、その内容も確認します。一方的に賃料が増額になるなど、賃料改定でトラブルとなる場合もありますので注意しましょう。
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敷金など
敷金などが必要な場合には、その金額と返還に関する具体的な手続きを確認します。特に、敷金と退去時の原状回復費用との精算をめぐるトラブルは多いので、原状回復に関する取り決めも含めてしっかりと確認しましょう。なお、敷金については、地域ごとの慣習により取り扱いが違う場合もありますので、事前に確認しておきましょう。
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禁止事項
禁止事項の例としてはペットの飼育、楽器演奏、石油ストーブの使用、勝手に他人を同居させること、無断で長期不在にすること、危険物の持ち込みなどがありますが、契約によって異なります。違反した場合、退去を求められるケースもありますから、よく確認してルールを守った暮らしをしましょう。
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修繕
入居中の物件の修繕に関する取り決めです。一般的には、通常の物件の使用に必要な修繕は貸主が行うこととなっていますが、借主の故意や過失によって必要となった修繕は、借主が行うこととなります。このような取り決めが不明確な場合は、入居中のトラブルにつながりますので注意しましょう。
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特約事項
貸主の事情により、特約事項が付与される場合もありますが、「原状回復にかかわるすべての費用は借り主負担とする」など、一方的に借主に不利な条項が記載されている可能性がありますので、確認する必要があります。
また、借主側で個別の要望がある場合は、後になって「そんな約束はしていない」と言われないよう、誓約書に記載してもらうことが望ましいでしょう。例えば、入居前に壁紙を新しいものに張り替えるなどの約束は、契約書に記載しておくと安心です。
注意事項
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契約更新について
借主は、契約期間満了の1ヶ月前までに貸主に対して書面による解約の申し出がない場合は、契約期間満了の翌日より更に満2年間の契約が更新されたものとする(※法定更新)」など。
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更新料について
「契約更新する場合には、借主は貸主に対して賃料の1か月分、及び管理会社に更新事務手数料として0.5か月分を支払う」など。契約日と、契約開始日(入居可能日・家賃発生日)は異なることが多いので確認しておきましょう!
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賃料について
契約月、解約月などで1ヶ月未満の賃料があった場合、一般的に「1ヶ月を30日、または実日数(31日や29日など)として日割り計算とする」となっていることが多いのですが、契約書によっては日割り計算せず、1ヶ月分丸々請求される場合もあります。
しかし、「賃料は日割り計算とするが、管理費(共益費)は日割り計算しない」といった取り決めになっていることもありますので、必ず確認しておきましょう。賃料の支払方法は、現在はほとんどが「指定口座への振込み」ですが、物件によっては、「賃主に持参、または回収・クレジットカードでの支払い」などもありますので、必ず確認しておきましょう。
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管理費・共益費について
管理費、共益費は、賃貸借物件の共用部分「階段、廊下等」の水道、光熱費、清掃費等にかかる費用を入居者で負担する金銭のことで、あらかじめその費用を賃料に含んでいる物件と、別途、管理費(共益費)として徴収する物件に分かれます。
法定更新とは…法定更新 借家契約において、借地借家法の定めに基づいて自動的に契約期間が更新されることをいう。 借家契約においては、契約当事者が、一定期間前に、契約を更新しない旨または条件を変更しなければ契約更新しない旨の通知をしない場合には、従前の契約と同一の条件で契約を更新したとみなされる。
貸主側の修繕義務と借主側の原状回復
貸借の契約で最もトラブルになりやすいのが原状回復にかかわる取り決めです。トラブル回避のためには、原状回復に関する取り決めをできるだけ明確にしておくことが大切です。国土交通省が平成24年2月10日に公表した賃貸住宅標準契約書では、原状回復に関する取り決めを具体的に明記するよう改訂され、貸主と借主の修繕分担表などを提示していますので、参考にするとよいでしょう。
退去時の修繕等の義務については、「借主の通常の居住、使用による物件の破損、損耗」は貸主の負担で、「借り主の故意や過失などによる物件の破損、損耗」が借主の負担とされます。ただし、本来は貸主負担とするべきものを、借り主負担としている特約がある場合もあります。その場合には、内容について詳細を確認し、特約に定める負担に同意できる内容であれば、契約しましょう。原状回復についての定義を前提にすれば、建物の劣化や賃借人の通常使用に基づく損耗は、賃借人の原状回復義務の範囲に入りません。
つまり、そのような劣化部分を回復するための修繕等の費用は、それまで賃主に支払ってきた賃料の中に含まれていたわけですから、賃主が負担する必要があります。他方、賃借人の故意・過失に基づく建物の劣化等は、借主の原状回復義務の対象であり、借主が費用を負担して原状回復をしなければなりません。したがって、建物の損耗の区分が重要になります。
具体的事例からみる修繕トラブル
借主の善管注意義務
借主は、賃借物を善良な管理者としての注意を払って使用する義務を負っています(民法第400条)。物件の賃借の場合には、建物の借主として社会通念上要求される程度の注意を払って建物を使用しなければなりません。日頃の通常の清掃や退去時の清掃は借主の善管注意義務に含まれると考えられます。
借主が故意に、又は不注意で賃借物に対して通常の使用をした場合よりも大きな損耗・損傷等を生じさせた場合には、借主は、善管注意義務違反によって損害を発生させたことになりますから、借主が原状回復義務を負い、その修繕費は借主が負担することになります。
ただ、借主の故意又は過失によって建物を毀損し、借主が修繕費を負担しなければならない場合であっても、建物に発生する経年変化・通常損耗分は、既に借主は賃料として支払ってきているので、経年変化・通常損耗分を二重に支払うことになってしまいます。
そこで、賃借人の負担については、建物や設備等の経過年数を考慮し、年数が多いほど負担割合を減少させることとするのが適当です。経過年数による減価割合については、本来は個別に判断すべきですが、ガイドラインでは目安として、法人税法等による減価償却資産の考え方を採用することにしています。
賃貸契約の特約について
賃貸借契約であっても、法規(例えば、借地借家法や消費者契約法の規定)に反しないのであれば、当事者の合意で特約を設けることは認められます。裁判例では、一定範囲の小修繕を賃借人の義務とする修繕特約については、単に賃貸人の修繕義務を免除する趣旨であると制限的に解釈することが多いようです。
また、最高裁は、経年変化や通常損耗分の修繕義務を借主に負担させる特約について、借主が修繕費用を負担することになる通常損耗及び経年変化の範囲を明確に理解し、それを合意の内容としたものと認められるなど、通常損耗補修特約が明確に合意されていることが必要であるとの判断を示しています。
借主の原状回復義務条項
賃貸借契約では、賃貸借契約終了後には、借主は物件を原状に回復して明け渡さならければならないというのが通常です。 貸主がこの原状回復義務条項に基いて、畳替え・クロス張替え・鍵の交換費用等の原状回復費用として敷金から控除する精算を行おうとしたところ、原状回復費用の対象となる範囲や金額をめぐって賃借主が争う・・・これが原状回復をめぐる紛争の典型的な形です。
裁判所等の考え方
裁判所は、「原状回復」とは建物の通常損耗分をもとの状態に回復することではなく借主の故意・過失等による劣化の回復を意味するものと判断を示してきました。
これは賃貸借契約の対象となる建物の価値は、そもそも時間の経過により減少するものであり、賃借人が物件を定められた使用方法に従って、社会通念上通常に使用していれば、賃貸借契約終了時に当初の状態よりも建物の価値が減価していたとしても、そのまま賃貸人に返還すればよい、という考え方に基づいています。
建物の通常損耗分は、貸主として建物の減価が進行する過程で減価償却費や修繕費用の必要経費分を賃料に含めて支払いを受けて回収してきているので、原状回復の対象となるのは、借主の故意・過失等による劣化分だけということになります。
どこまで大家が修繕負担をしなければいけないのか?
修繕については、入居後間もなく発生した故障については、そのほとんどのケースで入居者との間でトラブルになる可能性があります。その理由は、借主は少なくとも入居後しばらくの間は故障はないと思って入居するからです。例えば、2年契約の賃貸借であれば、借主にとっては少なくとも最初の2年間はそのようなことはないだろうと考えているわけです。
よって、入居後半年位で発生した故障の場合は当然のこととして、1年程度で発生した故障の場合であっても、「なぜ、借主が費用を負担しなければならないのか。まともな物件だと思って賃料を支払っているのに!」という不満が生じてもおかしくはありません。
原状回復の「ガイドライン」にみる賃貸人・賃借人の負担区分
- 通常の住まい方で発生するもの
- 家具の設置による床・カーペットのへこみ、設置跡
- テレビ・冷蔵庫等の後部壁面の黒ずみ(電気ヤケ)
- 壁に貼ったポスター等によるクロスの変色、日照など自然現象によるクロス・畳の変色、フローリングの色落ち
- 賃借人所有のエアコン設置による壁のビス穴・跡
- 下地ボードの張替えが不要である程度の画鋲・ピンの穴
- 設備・機器の故障・使用不能(機器の寿命によるもの)
- 建物の構造により発生するもの
- 構造的な欠陥により発生した畳の変色、フローリングの色落ち、網入りガラスの亀裂
- 特に破損等していないものの、次の入居者を確保するために行う畳の裏返し・表替え、網戸の交換、浴槽・風呂釜等の取替え、破損
- 紛失していない場合の鍵の取替え
- フローリングのワックスがけ、台所・トイレの消毒、賃借人が通常の清掃を行っている場合の専門業者による全体のハウスクリーニング、エアコン内部の洗浄
- 手入れを怠ったもの
- 用法違反
- 不注意によるもの
- 通常の使用とはいえないもの
- 飲みこぼし等の手入れ不足によるカーペットのシミ、冷蔵庫下のサビを放置した床の汚損、引越作業等で生じた引っかきキズ、賃借人の不注意によるフローリングの色落ち
- 日常の清掃を怠ったため付着した台所のスス・油、結露を放置して拡大したカビ・シミ、クーラーからの水漏れを賃借人が放置して
- 発生した壁等の腐食、喫煙によるヤニ等でクロスが変色したり臭いが付着している場合、重量物をかけるためにあけた壁等の釘穴・ビスで下地ボードの張替えが必要なもの、天井に直接付けた照明器具の跡、落書き等故意による毀損
- ペットにより柱等にキズが生じ、または臭いが付着している場合
- 風呂・トイレ等の水垢、カビ等、日常の不適切な手入れもしくは用法違反による設備の毀損、鍵の紛失または破損による取替え、戸建て住宅の庭に生い茂った雑草の除去
ガイドラインの考え方
ガイドラインは、裁判所の考え方を取り入れて、原状回復は賃借人が借りた当時の状態に戻すものではないということを明確にし、原状回復を「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失。善管注意義務違反、その他通常の私用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義しています。
すなわち、減価償却資産ごとに定められた耐用年数で、経過年数により賃借人の負担を決定するようにするのがガイドラインの考え方です。なお、実務的には、経過年数ではなく、入居年数で代替します。
なお、経過年数を超えた設備等であっても、継続して賃貸住宅の設備等として使用可能な場合があり、このような場合には、借主は実際の残存価値に相当する修繕費を負担する必要があることに注意する必要があります。
借主の修繕義務について
賃貸借契約の本質的な義務は、目的物を使用・収益させる義務と賃料の支払義務です。当然、貸主が負う義務は使用・収益させる義務です。それは居住に適した状態を維持するということも含まれます。その中核となる具体的な義務が修繕義務なのです。
構造部分の修繕義務を賃借人が負う特約は無効
外部との遮断の不備、建物の本質的機能であり、屋根・天井からの雨漏りが生じるということは、外部との遮断という建物の本質的機能が欠けているのです。これらは建物の根幹的な構造部分です。修繕して維持することは、建物賃貸借契約の本質的な内容です。つまり、オーナーの負うべき重要な義務なのです。
また、合理性を欠く条項は無効となります。本質的な義務を借主に転嫁するということは合理性を欠くと判断されます。よって、修繕義務の規定により修理費用は貸主負担という結論になります。
オーナーが修繕義務を行わない場合,賃借人が強制執行できる
仮にオーナーが借家の修繕義務を怠っていた場合、賃借人が訴訟で義務を認める判決を獲得し、強制執行することが考えられます。具体的には、オーナーに代わって修繕工事を行い賃貸人に費用を求める、という方法が代表的です。これを代替執行と呼んでいます。
修繕義務不履行により損害賠償責任が生じる
一般的に、債務が履行されないことによって損害が生じた場合、損害賠償請求が認められます。債務不履行による損害賠償と呼ばれるものです。具体的な修繕のケースを考えると、故障老朽化が発覚してから修理工事を手配しますので、一定の時間差は生じます。
実際に債務不履行(損害賠償)と認められるのは、一般的に必要とされる期間を超えて放置された場合です。また、その修繕工事が遅れたことにより、具体的な損害が生じて初めて損害賠償請求は認められます。結局、貸主としては修繕・修理が必要な状態が発覚した場合すぐに対応を取らなければ余分な損害賠償の負担を被る可能性もあるということです。
転居せざるを得ないケースも損害賠償の可能性が…
修繕義務を怠った場合、必ず損害賠償請求が認められるというわけではありません。損害賠償が認められるのは居住者の日常生活に支障が生じるような、常識を逸した場合のみです。具体的な裁判例として、居室周辺の排水設備の管理が悪く、ハエや蚊が発生したというようなケースがあります。判決理由としては密閉性や防虫の対策を取ることが修繕義務の義務の一環と判断されました。
実際にハエや蚊が大量に発生し,借主は具体的に快適に居住すること自体が不可能となり、転居せざるを得なくなったのです。この裁判例では、次のような金額が損害として認められています。
裁判例における損害の範囲…
- 敷金,礼金(の返還)
- 入居期間中の賃料の減額
- 転居費用(実費)
このようなケース以外でも居住自体が実質的に不可能というようなケースでは,広い範囲が損害として認められるでしょう。状況によっては,精神的なショックも慰謝料として認められることもあります。
賃貸借契約でチェックすべき事項についてのまとめ
借主が修繕費用の請求をしてきた場合、どんなに借主の主張が正しくても、契約の内容に記載されている事項が判断材料として最優先されます。契約内容の一部だけを問題にしても双方の主張は平行線のままなので、大家側としては契約時の注意事項に漏れがないかを確認し、借主側は大家側に細部まで確認を取る事が重要です。